大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和34年(ナ)10号 判決 1961年10月31日

原告 蝦名為雄

被告 青森県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和三四年四月三〇日執行の青森県東津軽郡平内町長選挙の効力に関し被告のした同年一〇月三一日付訴願裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三四年四月三〇日執行された青森県東津軽郡平内町長選挙において選挙人名簿に登載された選挙人である。

二、右選挙における各候補者の得票数は、細川重太郎四、二二一票、船橋茂四、一五一票、蝦名逸三・六四〇票で、その結果同年五月二日細川重太郎が当選人として決定告示されたが、訴外能登谷信吉はこれを不服として平内町選挙管理委員会に対し、右選挙の効力に関し異議を申し立てたところ、同年五月二四日棄却されたので、さらに被告委員会に訴願したところ、被告委員会は同年一〇月三一日付をもつて、「東津軽郡平内町長選挙の効力に関する異議申立事件につき、昭和三四年五月二四日付をもつて同町選挙管理委員会がした決定を取り消す。同年四月三〇日執行の平内町長選挙は無効とする。」との裁決をし、そのころその旨告示した。

三、しかしながら、右訴願裁決は次の理由で違法である。すなわち、

(一)  能登谷信吉のした異議申立理由(本件訴願理由第一点ないし第五点と同じ)は要するに、本件選挙において、代理投票の補助者となり得ない者を補助者として行なわれた代理投票は無効であるというにあるが、これは個々の代理投票の効力を争うもので、標題はともかく、その実体からすればまさに当選の効力に関する異議申立である。しかるに本件訴願で新たに追加された理由第六点をみるに、第九投票所(口広小学校)において、投票開始時刻が二人しかないままで投票が行なわれ、午前八時三〇分ごろ阿部市三郎を投票立会人として補充選任するまで約一時間三〇分の間、投票立会人の法定数を欠いたから、本件選挙は無効であるというのであり、これは明らかに選挙の効力を争うもので選挙争訟に属する。かように、異議申立においては当選の効力を争い、訴願においては選挙無効を主張することは許されないにもかかわらず、被告委員会は右理由第六点を取り上げて訴願を認容し、本件選挙を無効としたのである。これは明らかに違法であつて、本件訴願裁決はすでにこの点で取り消しを免れない。

(二)  被告委員会は本件訴願裁決において次のとおり認定した。すなわち、第九投票所において投票立会人が二人しかいないまま投票の行なわれたもの一四三票であり、当選人細川重太郎の得票四、二二一票と次点者船橋茂の得票四、一五一票との差は七〇票であるところ、これを前記無効投票一四三票から控除すれば、なお七三票の超過となるから、本件選挙は公職選挙法の規定に違反し、かつ選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるから無効であると。しかしながら、右選挙においては投票立会人の法定数を欠いたまま投票が続行された事実はない。

(三)  投票立会人の法定数を欠くに至つた原因が生理上の必要または昼食のためであり、かつその離席が一時的な場合は選挙の無効原因とはならず、また選任手続の遅延による場合であつても、その時間中に不正行為が介入したり、選挙人が公正な投票をなし得なかつたという事実のない限り、右選挙を無効とすべきではない。したがつて、本件において、投票立会人の選任手続が一時遅延した事実があつたとしても、その間に公正な投票が妨げられたり、不正行為が介入した事実がないのであるから、本件選挙をもつて無効とすべきではない。

(四)  仮りに、本件選挙において、被告委員会が認定したような選挙の規定に違反した事実があつたとしても、無効とされるべき投票は、第九投票所一個所のみの、しかもわずかに一四三票にすぎない。全投票所の投票総数九、〇〇二票中その余の八、八五九票の効力にはなんら影響がないのである。それゆえ、本件は右一四三票の投票の効力に関する問題であつて、帰属不明の無効投票を生ずる場合にほかならないから、当選争訟として取り扱うべきものである。そこで一四三票が全部無効であるとしても、潜在無効投票に関する公職選挙法第二〇九条の二により、各候補者の得票数に応じて按分した数を差し引けば、細川重太郎は四、一五四票、船橋茂は四、〇八五票、蝦名逸三は六三〇票となり、選挙の結果に影響はないのである。

(五)  選挙無効の要件として、選挙の規定違反および選挙の結果に異動を及ぼすおそれのあることが必要とされているところ、選挙の結果に異動を及ぼすおそれあるときとは、選挙の管理執行に関する規定違反がなかつたとすれば、選挙の結果につきあるいは異つた結果を生じたかもしれないと思料し得る場合をいうのであつて、たとえ選挙の規定に違反する場合であつても、その違反が選挙の自由公正な執行に影響を与えないような場合は、その選挙の結果は違反のない手続によつて得られるべき結果と異るところがないから、これを無効としてやり直すことは無意義である。

本件選挙において、違反の行なわれたとされる第九投票所の投票立会人は田中清兵衛、畑山栄三郎で補充選任された投票立会人は江戸三太、阿部市三郎であるが、田中清兵衛と畑山栄三郎は落選候補者船橋茂の支持者であり、阿部市三郎もまた船橋茂の支持者と目される投票管理者阿部市太郎の長男であるから、船橋茂に関する限り、投票の自由公正を疑うべき余地はない。それゆえ、仮りに投票立会人の法定数を欠いたため選挙の管理執行に関する規定違反があつたとしても、それがため選挙の結果につきあるいは異つた結果を生じたかもしれないと考えられる事情がなかつたのであるから、本件選挙を無効とすべきではない。

以上の次第で本件選挙は有効であり、なんらこれを無効とすべき事由がないのに、被告委員会がこれを無効と裁決したのは違法であるから、右訴願裁決の取り消しを求めるため本訴請求に及ぶ。

被告の答弁に対し、次のとおり述べた。

被告は一分当りの平均投票数を算出しているが、これは投票の実情を無視した机上の空論で合理性に乏しい。第九投票所の区域は農村であるが、農村では一般に投票を終えて農耕に出かける者が多いので、投票開始直後の投票数が最も多かつたものと見るべきであり、したがつて江戸三太が投票立会人として立ち会つていた間こそ投票者が多く、被告委員会が認定した二〇票をはるかに上回るものであつたと考えられる。なお、被告は第九投票所で行なわれた代理投票において、代理投票補助者の一人が立ち会わないでされたものが一五票あつたとしてこれが無効を主張するが、かかる事由は本件異議、訴願の段階で主張されたことはないのであるから、不告不理の原則からいつても、本訴において主張することは許されないのみならず、個々の代理投票の効力に関する争いは当選争訟に属し、選挙争訟である本訴で主張することは許されない。

被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告主張の一、二の事実は認める。三の(一)の事実中、能登谷信吉の提起した訴願理由が、異議申立で主張した事由のほか、原告主張の事由を追加したものであることおよび被告委員会が右追加事由が理由あるものと認め本件訴願裁決をしたことは認めるが、その余の原告主張事実はすべてこれを否認する。

原告主張の三の(一)について。

本件異議申立において能登谷信吉の主張した第一点ないし第五点は、要するに、代理投票において、投票管理者または投票立会人が代理投票補助者を兼ねたため、その間投票管理者が欠け、もしくは投票立会人が法定数を欠いたので、当該各投票所において行なわれた投票全部が無効であり、そして、右無効とすべき投票数は当選人細川重太郎の得票数と次点者船橋茂の得票数との差を上回るから、本件選挙は無効であるというのである。よつて平内町選挙管理委員会はこれを選挙の効力に関する異議申立として審理のうえ棄却の決定をし、被告委員会もまた本件訴願を選挙の効力を争うものとして審理裁決したのである。公職選挙法二〇五条一項の「選挙の規定に違反する場合」とは、選挙管理に当る機関がその管理執行の手続に関する規定に違反する場合をいうのであり、代理投票の規定違反の場合はまさに前記法条に該当するのであつて、選挙争訟に属すること明らかであるから、被告委員会が異議申立で主張されなかつた原告主張の訴願理由第六点を取り上げ、本件訴願裁決の基礎にしたことは適法であつて、なんら原告主張のような違法はない。

原告主張の三の(二)について。

1  第九投票所において、当初投票立会人に選任されていた阿部長七が投票開始直前になつても投票所に参会しなかつたので、同投票区の選挙人江戸三太が投票立会人に補充選任されたが、同人は立会後約五分にして無断で投票立会人席を離れて帰宅した。そこで、その後任として同投票区の選挙人阿部市三郎を投票立会人に補充選任したのであるが、その間投票立会人が法定数を欠いた二人のままで投票が行なわれたのである。そしてその間に行なわれた投票数については、本件訴願裁決では、阿部市三郎が投票したのは午前八時一〇分ごろであり、その到着番号が一六三番であるから、江戸三太の立会中に行なわれた投票を二〇票と見て、これを一六三票から差し引いた一四三票と計算したのであるが、調査の結果次の事実が判明した。すなわち、阿部市三郎が自己の投票を終えた後投票管理者から投票立会人となることを依頼されてこれを承諾し、投票立会人に選任されたが、衣服を着替えるために一たん帰宅し、再び投票所に戻つて現実に投票立会人席に着いたのは午前八時四〇分ごろであつたから、その間さらに三〇分の空白があつたわけである。そして、投票開始が午前七時で、阿部市三郎が投票したのが八時一〇分であるから、その到着番号一六三を七〇分で割ると一分当り二・三人となるので、この割合で計算すると、右空白時間三〇分の間に投票された数は約六九票となるわけで、これを右一六三票に加えた合計二三二票がすなわち投票立会人の法定数を欠いたままで行なわれた無効投票であると推定される。

2  なおまた、第九投票所で一五票の代理投票が行なわれたが、右代理投票に当つては、代理投票補助者浜田義治が投票管理者および投票立会人の意見を徴することなく、自己の一存によつて勝手にこれを行ない、しかも代理投票にあつては必ず補助者二人によつて行なうべきことは、公職選挙法四八条二項の明定するところであるのにもかかわらず、浜田義治は他の代理投票補助者の立ち会いのないままこれを継続したのである。よつて右代理投票一五票もまた無効であることを免れず、結局以上合計二四七票は無効である。

原告主張の三の(三)について。

第九投票所において、本件選挙の当日午前七時五分ごろから午前八時四〇分ごろまでの長時間投票立会人が法定数を欠き、二人のままで投票が行なわれたという事実は、単なる投票立会人の一時的不存在もしくは選任手続の遅延と目されるべきものではない。

原告主張の三の(四)について。

投票立会人は選挙人の公益代表者として、選挙が自由公正に管理執行されることを監視する重要な職責を有するものである。それゆえ、公職選挙法は必ず三人以上五人以下の投票立会人を選任すべきものと定めているであり、そしてこれは強行規定であるから、右規定に違反するときは選挙は無効と解すべきである。原告はこの場合、潜在無効投票に関する公職選挙法二〇九条の二の規定により処理すべきである旨主張するけれども、同法条は選挙権を有しない者とか、本来無効であるべき投票であつて無効原因が表面に現われなかつた場合等いわゆる無資格者による投票があつた場合に適用される規定であつて、本件のように、選挙人の投票が適法に行なわれたにもかかわらず、選挙の管理執行の任に当る者が違法な処置をとつた場合に適用されるべきものではない。

原告主張の三の(五)について。

およそ選挙は最も厳正公平に管理執行されなければならないことはいうまでもないところで、もし投票立会人が法定数を欠けば、選挙人、候補者その他の関係者に多大の不安を与えるのみならず、選挙人の行動および選挙事務関係者の投票管理事務の状況を十分に監視したことにならないのであつて、そのこと自体選挙の自由公正を著しく害する結果になるものというべく、まして右規定に違反して行なわれた投票数が、当選人と次点者の得票数の差を超えるときは、選挙の結果に異動を及ぼすおそれのあることが明らかである。

以上の次第で、本件選挙の管理執行は選挙法規に違反し、かつ選挙の結果に異動を及ぼすおそれのある場合であるから、本件選挙の無効を判定した被告委員会の本件訴願裁決は正当であり、原告の本訴請求はその理由がない。

(証拠省略)

理由

原告が昭和三四年四月三〇日執行の青森県東津軽郡平内町長選挙における選挙人であつたこと、同年五月二日平内町選挙管理委員会が候補者細川重太郎を当選人と決定し、その旨告示したこと、能登谷信吉が同委員会に対し異議(たゞし、選挙の効力に関するものか、当選の効力に関するものかについては争いがある)を申し立てたところ、同月二四日棄却されたので、さらに被告委員会に訴願したところ、被告委員会は同年一〇月三一日付をもつて本件訴願裁決をし、その旨告示したことは当事者間に争いがない。

そこで以下原告の主張する本件裁決の違法事由の有無について判断する。

原告主張の三の(一)について。

能登谷信吉のした訴願の理由第一点ないし第五点は異議申立の理由と同一であり、訴願の理由第六点は右異議申立において主張しなかつた事項であることは当事者間に争いがない。原告は本件異議申立は、その標題はともかく、実体は代理投票の効力を争うもので、当選の効力に関する異議申立であるに対し、本件訴願において新たに追加した事項は選挙の効力を争うものであるから不適法であり、許されない旨主張する。選挙争訟と当選争訟の峻別主義を建て前とする公職選挙法のもとにあつては、当選争訟で選挙の効力を争い、選挙争訟で当選の効力を争うことは許されず、したがつて異議申立においては当選の効力を争い、訴願では選挙無効を主張することができないことは原告所論のとおりである。ところで、成立に争いのない甲第三号証の記載によれば、本件異議申立の理由第一点は、第一投票所において、選挙権を有しない者を代理投票補助者として行なわれた代理投票は無効であるというのであり、第二点は、第二、三、五投票所において、投票管理者の職務代理者が代理投票補助者となつたのは公職選挙法四八条二項に違反するもので、右各投票所における投票全部が無効であるというのであり、第三点は、第四投票所において、投票管理者が代理投票補助者を兼ねたのは右法条に違反し、同投票所における投票全部が無効であるというのであり、第四、五点は、第六、一一投票所において、投票立会人が代理投票補助者を兼ねたため投票立会人の法定数を欠くに至つたのは、同法三八条二項に違反し、右各投票所における投票全部が無効であるというのである。かように、代理投票補助者の選任手続が違法であるとか、投票管理者またはその職務代理者もしくは投票立会人が代理投票補助者を兼ねたのは公職選挙法の規定に違反し、かつそれが選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとして、選挙の全部または一部の効力を争う争訟は選挙争訟であると解すべきであり、したがつて、本件異議申立はまさにこれに属するものといわなければならない。そして、選挙争訟は選挙の違法性を理由とするものであるから、異議申立で争わなかつた事由を訴願の段階で主張することは、単なる攻撃方法の追加にすぎず、もとより許容されるべきものである。それゆえ、能登谷信吉が本件訴願において新たに訴願理由第六点を追加申し立てたのはそのこと自体適法であり、被告委員会がこれを取り上げ本件裁決の基礎にしたのは適法であつて、なんら違法ではない。この点に関する原告の主張は理由がない。

原告主張の三の(二)、(三)、(五)について。

成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証の一、二、証人伊東善五郎、柳沢豊吉、長谷川文雄の各証言により真正に成立したものと認められる乙第五、六、七号証、証人畑山栄三郎(第一、二回)、阿部市太郎(第一、二回)、田中清兵衛(第一、二回)、阿部市三郎(第一、二回)、木村亮三(第二回)、江戸三太(第一、二回、ただし後記措信しない部分を除く)の各証言を総合すれば、本件選挙はその当日午前七時投票開始の予定であつたところ、平内町選挙管理委員会により第九投票所(口広小学校)における投票立会人に選任されていた阿部長七が病気のため参会不能であることが投票開始直前に判明したので、投票管理者阿部市太郎が同投票区における選挙人名簿に登録された選挙人江戸三太の承諾を得て投票立会人に補充選任し、同人とさきに町選挙管理委員会によつて選任された畑山栄三郎、田中清兵衛の三名立ち会いのもとに午前七時投票を開始したところ、江戸三太はその後約五分間立ち会つただけで投票管理者らに無断で帰宅し、再び右投票所に戻らなかつたこと、その後約一五分経つてから江戸三太が投票立会人席にいないことを知つた阿部市太郎らは、これに代わる投票立会人を補充選任すべく他の選挙人らに交渉したのであつたが、これを承諾する者がなかつたので、投票立会人を補充選任しないまま投票を続行したこと、その後午前八時三〇分ごろ同投票区の選挙人名簿に登録された選挙人阿部市三郎が右投票所に来て投票を終えたので、同人に右事情を説明して投票立会人となることを依頼し、その承諾を得たが、同人は衣服を着替えるためいつたん自宅に帰り、再び右投票所に戻つて投票立会人席に着席したのは午前九時ごろであつたこと、以上の事実を認めることができる。

そこで、午前七時五分ごろから午前九時ごろまでの間に行なわれた投票数について考えてみるのに、もとより証拠上正確な数字を把握することは困難であるが、成立に争いのない甲第二号証によれば、阿部波三郎の到着番号は一七番、八戸一郎は二五番、阿部千代三郎は三一番であることが明らかであるところ、証人阿部波三郎の証言によれば、同人が投票を終つて帰るとき江戸三太が投票立会人席にいたのを現認したというのであり、証人八戸一郎は江戸三太を見かけなかつたと供述し、なお証人阿部千代三郎の証言によれば、投票開始直前江戸三太が投票立会人に選任されるのを見たが、入場券を忘れたのでいつたん帰宅し、午前七時一〇分か二〇分ごろ再び投票所に戻つたときは江戸三太はいなかつたというのであるから、以上の各証言を前記甲第二号証、証人阿部貞雄、井筒幸義、阿部弥太郎、井筒卯之助、阿部喜八、太田豊吉の各証言に照らし合わせれば、江戸三太が投票立会人席を離れて帰宅したのは、到着番号一七番の阿部波三郎が投票を終えた後二五番八戸一郎が投票するまでの間であることが推認される。そして、前記甲第二号証および阿部市三郎(第一、二回)の証言によれば、同人の到着番号は一六三番であることが明らかであるから、午前七時五分ごろ江戸三太が無断退場して帰宅してから阿部市三郎が投票した午前八時三〇分までの約一時間二五分の間に行なわれた投票数は、計算上一三九票ないし一四六票になるところ、前認定のとおり、阿部市三郎が実際に投票立会人席に着いたのはそれよりさらに三〇分後であり、その間の投票数もまた証拠上これを明らかにすることはできないけれども、相当数あつたことは十分推認し得るところである(この点に関する被告委員会の計算は投票の繁閑を無視したもので合理的なものとはいえない)。したがつて、江戸三太が退場し、阿部市三郎が投票立会人として実際に立ち会うまでの間、すなわち投票立会人が法定数を欠いた二人のままで行なわれた投票数は右一三九票ないし一四六票をさらに何票か上回るものと認めざるを得ない。もつとも前記甲第一号証(平内町長選挙投票録)には、江戸三太が投票立会人に選任された旨の記載がなく、かえつて阿部市三郎が当日午前七時に選任され、即時立ち会つた旨の記載があるけれども、右記載部分は前認定の経緯に照らし虚偽の事実を記載したものであることが明らかであるから、右甲第一号証をもつて右認定を覆すに足りず、また以上の認定に反する証人江戸三太(第一、二回)、木村亮三(第一回)、江戸たま、江戸民次郎、太田武蔵、江戸利秋、江戸チヨヱ、江戸与次右エ門、江戸なよ、江戸ヤヨ、浜田義治、江戸儀秋、畑山直、鳴海ツヨ、江戸シワ、江戸多喜蔵の各証言は前記認定に供した各証拠に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

ところで、投票立会人は候補者の利益代表および選挙人の公益代表の資格において投票管理者の投票事務の執行に立ち会い、その諮問に答えて一般投票および代理投票が自由かつ公正に行なわれることを監視するために置かれるもので、極めて重要な職責を有するものである。それゆえ公職選挙法は、市町村選挙管理委員会は各選挙ごとに職権で各投票区における選挙人名簿に登録された者の中から三人以上五人以下の投票立会人を選任すべきものとし、投票立会人として参会すべき者が投票開始時刻になつても三人に達せず、またはその後三人に達しなくなつたときは、三人に達するまで投票立会人を補充選任すべきものと定め、もつて終始法定数の投票立会人の立ち会いのもとに選挙を執行することを要求しているのである。右規定の趣旨に徴しても、公職選挙法は、三人以上五人以下の投票立会人の現在していることを選挙執行の要件としていることが明らかであるから、投票立会人の数がその最少限に達しない場合は、生理上の必要や食事のため一時離席する場合を除き、選挙執行の要件を欠いたもので、選挙無効の原因となるものと解されるのみならず、投票立会人の法定数を欠いた選挙の執行は、投票ならびに投票事務執行の監視を十分果し得なかつたという意味において、候補者および選挙人をして選挙の自由公正について疑いを抱かしめるに十分であるから、同法三八条二項に違反することはもちろん、同法二〇五条にいわゆる「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に該当するものといわなければならない。

本件についてこれをみるに、投票立会人に補充選任された江戸三太が第九投票所から退席したのは、生理上の必要や食事のための一時的離席でなかつたことは前認定によつて明らかであり、そして阿部市三郎がこれに代わつて投票立会人に補充選任され、現実に投票に立ち会うまで約一時間五五分もの長時間を経過した事実に鑑みれば、単なる選任手続の遅延にすぎないものとは認め難い。かかる選挙の管理執行は公職選挙法三八条二項に違反することもちろんであり、かつこのような違法管理のもとに行なわれた選挙は、それ自体同法二〇五条にいわゆる「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に該当することは前叙のとおりである。まして、前認定のとおり、その間に行なわれた投票は一三九票ないし一四六票をさらに何票か上回ることが推認されるところ、当選人細川重太郎の得票数四、二二一票、次点者船橋茂の得票数四、一五一票で当落の差七〇票であることは当事者間に争いがないから、前示選挙管理の違法は本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものといわなければならない。

原告主張の三の(四)について、

なお、原告は、投票立会人の法定数が欠けた間に行なわれた投票が仮りに無効であるとしても、潜在無効投票に関する公職選挙法二〇九条の二の規定により処理すべきであり、これを按分して得た数を各人の得票数から差し引いても、当選人細川重太郎の票数は依然第一位であるから、選挙の結果に影響がない旨主張するので一言するに、同法二〇九条の二は当選の効力に関する争訟についての規定であつて、選挙の効力について争訟が提起された場合には適用がない(昭和二八年四月一六日、昭和二九年一〇月一四日最高裁判所判例)と解すべきであるところ、本件は選挙の効力に関する争訟であることは前叙のとおりであるから、原告の右主張はもとより採用できない。

してみれば、その余の争点につき判断するまでもなく、本件選挙は無効であることを免れないから、被告委員会が右と同一趣旨の事実を認定して、本件選挙を無効とする旨の裁決をしたのは正当であつて、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 佐藤幸太郎 新田圭一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例